第27回欧州ブラス・バンド選手権レポート

 今年(2004年)の4/25から5/2にかけてスコットランドのグラスゴーで行われた、第27回欧州ブラス・バンド選手権を聴く機会がありましたので、そのレポートを行いたいと思います。筆者は英国の選手権は経験があるのですが、欧州選手権は初めての機会でした。

メインとなるのは、4/30と5/1に行われたチャンピオン・セクションのコンテストですが、その他にも大小様々なレクチャーやコンサートが期間中に開かれます。 選手権はヨーロッパ・ブラス・バンド連盟(EBBA)によってオーガナイズされ、スコットランド・ブラス・バンド連盟がホスト役を務めます。ヨーロッパ各国を代表するバンドの競演そしてホスト国の特色を生かしたコンサートと、コンテストのみならずフェステイヴァル的な意味合いも強い催しになっています。

ベルギー勢が存在感を示したソロ部門

 初日(4/28)にあった、RSAMD(Royal Scottish Academy of Music and Drama)ビッグバンドの演奏はホテル到着が遅く、聴けずじまいでした。プログラムを後で見てみると、ゲストには当初アナウンスされていたロジャー・ウェブスターの他、Tbのシモン・ジョンソン、Tpのジョン・ウォーレスの名前があり、初日から後悔しきりです。

 ツアー1日目(4/29)は、夕方にRSAMDにてスティーヴン・ミード氏のマスタークラスとミニリサイタルがあり、当初行く予定ではなかったのですが聴く事ができました。マスタークラスの受講者は2名で、1人目はホロヴィッツの『協奏曲』の第1楽章、2人目はスパークの『パントマイム』でした。ミニリサイタルでは、ハワード・スネルの『4つのバガテル』とスパークの『パントマイム』等を演奏しました。スネル作品はシアター・ピース的な両端楽章に、ブラームスとバッハの作品にインスパイアされた小品が挟みこまれた、中々聴きごたえのある楽しい作品でした。アルト・サクソフォンやテナー・ホーン版もあり筆者も早速購入しました。英カークリーズ(Kirklees)から出版されています。

その夜、グラスゴー・ロイヤル・コンサートホールで開かれた第3回ソロ・チャンピオンシップの決勝は、アンドルー・ダンカン指揮のウィットバーン・バンド(Whitburn Band)の伴奏で行われました(9カ国、29名のプレーヤーが参加し、前日まで4日間かけて予選を行った)。

ベルギーのブラス・バンド・ウィルブロークのベルト・ヴァンシエレン(Sop:ベルトランド・モレンの協奏曲:実演は二回目で英国初演)とラフ・ヴァンローヴェレン(Cor:デニス・ライトの協奏曲)、指揮者デーヴィッド・キングの息子でRSAMDの学生、アンドルー・キング(Tb:デレク・ブージョワーの協奏曲)の順に演奏され、Cor、Tb、Sopの審査結果になりました。1人目が終わった後、審査員のフロド・アムンドセン(マルメ響首席テューバ)が食あたりのため病院にかつぎ込まれ、オランダの指揮者、ヤッピ・ディクストラがピンチヒッターを務めるアクシデントもありました。 後半は、3年前に来日したノルウェーのスタヴァンゲル・ブラス・バンドが登場し、相変わらず楽しいステージを聴かせてくれました。中でもプログラムに無かった、E♭ベース無伴奏ソロの『ブラック・バード』は絶品で、昨年のバーズヴィックを彷佛させました。

ヨーロッパ強豪たちの競演

 3日目(4/30)から始まったチャンピオン・セクションはディフェンディング・チャンピオンと各国の代表(英国のみサッカーと同じで、4バンドが選出)12バンドがセット(課題曲)とオウン・チョイス(自由曲)を演奏し、合計点によって争われます(6位までが入賞、ユ−ロのキャッシュで賞金が支払われる)。

演奏順は当日、くじ引きによって決まり、ボックス審査のためどこのバンドが演奏しているか、審査員にはわからないようになっています。今年のセットはケネス・ダウニー作曲の『セント・マグナス』(今大会のための委嘱作品)。氏はスコットランド出身、救世軍の作曲家ということで、今回も同名の讃美歌をテーマとした変奏曲でした。

ここ数年、ピート・スウェルツやトルステイン・オーゴール=ニールセンらの難解な作品が続いていましたが、今回は親しみやすい作品で、打楽器の種類も多く通常のバスドラムの他、オーケストラ・バスドラムを含む27種類もの楽器を要求しているのが特徴です(一応作曲者指定の打楽器配置があるのですが、守っていないところも結構ありました)。

夕方5時からセットのみが演奏され、トップバッターは北アイルランド代表、ファースト・オールド・ボーイズ・シーキャット・シルヴァー・バンド。続いては2003年に来日した、スイス代表のブラス・バンド・ブリューガ・ムジーク・ルツェルン。指揮者がトロンボーン出身ということもあってかトロンボーン・セクションが素晴らしい!次はデンマーク代表のブラス・バンド・リングビィ・ターベックで、指揮者は2002年に来日して、OHBのリハーサルにも登場したレイ・ファー。

その他のバンドで印象に残ったのは、ディフェンディング・チャンピオンのヨークシャー・ビルディング・ソサエティ(YBS)。このタイトルを5連覇していることもあり、完璧な曲運びで貫禄の演奏。また昨年の全英の覇者、フェアリーも資金問題のため出場を見送らざるえなかった、昨年のノルウェー大会の不遇を晴らすかのような演奏で大喝采を浴びていました(なんとコルネットのエキストラとして、フィリップ・マッキャン氏が参加)。

ウェールズ代表のコーリーも高いクオリティーで、特にユーフォニアムのデーヴィッド・チャイルズのソロは他の奏者とは一線を画していました(彼は翌日ベスト・ソロイスト賞を受賞)。 スタヴァンゲルも10番手に登場し、現在のプロ指揮者、デーヴィッド・キングがYBSを振るため、元フェアリーのスティーヴ・バステイブルの指揮で演奏しました(常任指揮者のセルマーは3rdコルネットで参加。何と兄弟で3rdコルネットです)。

なおフランス代表のブラス・バンド・ノルマンディーは指揮者の母親の逝去に伴い棄権となりました。 全英選手権や全英オープン選手権は大体どこも編成が一緒なのですが、欧州選手権の編成は多少融通が利くようです。事実スタヴァンゲルはベースが6人、YBSはTbが4人が配されていました。

休憩時間はロビーにブースがたくさん出ており、主なブースはステューディオ、ワールド・オブ・ブラス、カークリーズ、ヤマハ、ジャスト・ミュージック、BBW、アングロ・ミュージック、グラマーシーなど。 特にグラマーシーはグレイアム氏自身がブースに立ってました。スパーク氏も来場しており、6月の東京でのコンサートを楽しみにしているようでした。レイ・ファー氏も夫人同伴でリラックスしていました。「良かった。」と言ったら「いやいや。コーリーを聴いたか?ファンタスティックだった!」とおっしゃられてましたが。

 4日目(5/1)は9時半からBセクション、1時からオウン・チョイス、8時からガラ・コンサートと1日中ブラス漬けです(ちなみに夜8時でもこの時期の英国は明るいです。そして寒い。タンクトップの人やコートの人が混在し、そして桜が咲いている。不思議な気候です)。

Bセクション出場はアイルランド1、イタリア1、オーストリア1、フェロー諸島1の計4バンド。30分ほどの持ち時間の間にアラン・ファーニー作曲のセット、「エアとダンス」とソロアイテムを含む1つのプログラムを演奏して競う、一種のエンターテイメント・コンテストのようなものでした。

まずトップバッターのオーストリアのバンド、オーストリアン・バンドはグラーツの音大の学生バンド。指揮者はドイツ・ベルリン・オペラの元首席トランペットのウーヴェ・ケラー氏。プログラムはホルストの『火星』、『天王星』、グレイアムの『ゲールフォース』など。 2番目のアイルランド、アークロウ・シッピング・バンドはゴフィンの『ラプソディ・イン・ブラス』やナッシュの『デメルザ』などを演奏。 3番目のフェロー諸島、トースハヴン・ブラス・バンドはアルナスの『ヴィテ・ルクス』やハーディマンの『ブレイク・アウト』など一番、エンターテイメントらしいプログラム。指揮者は30年間ずっと同じ人だそうです。

4番目のイタリアからの初エントリー、Pfeffersberg Brass Bandは2000年に地元のウィンド・バンドのブラスセクションが独立してできたバンド。メインにE.Verner作曲『Avondale』を演奏。恐らく自国の作品なのでしょうが、迫力満点で会場も湧いてました。 ちなみにフレンチ・ホーンやテューバ、バリトンのかわりにユーフォニアムを使用していました。総じてクオリティは高いのですが、弱音のコントロールがまだ十分でないと感じました。また楽器編成はやはりトラディショナルな(英国の)編成が一番良いのでは、とも感じました。 まず、サウンド混ざり具合いが全然違うのと、テューバがはっきり聞こえない。ベルの向きもあると思いますが、ベースの方が全然良く聞こえる。

審査結果は上から、フェロー、イタリア、アイルランド、オーストリアの順でした。審査員は前日のテスト・ピースと同じで、トム・ブレヴィク(ノルウェー)、ナイジェル・ボディス(英国)、ヨハン・デメイ(オランダ)。

YBSが完全制覇によるダブル・ハットトリック達成!

 昼食の後、チャンピオン・セクションのオウン・チョイスの演奏が始まります。 トップバッターはスタヴァンゲルで、フィリップ・ウィルビーの『ダヴ・ディセンディング』を演奏。当日演奏のウィルビー作品はこの他に『リヴェレーション』があり、双方とも聖書にインスパイアされており、注目されるのがソリストが演奏中に舞台上を移動して、音響効果を変えるという試みがなされていることです。 この他では、オランダ代表のデ・ヴォートサングがグレイアムの難曲『ハリスンの夢』を演奏。この曲の実演に接する事ができたのは幸運でした。フェアリーの『リヴェレーション』も素晴らしかった。しかし後述のウェブスター氏に「フェアリーが良かった。」と言うと「そう?」と切り返されてしまいましたが。

コーリーは2年連続で『リヴェレーション』を演奏、ソリストも良かったし会場の盛り上がりも当日1、2を争う程でした。 YBSはこの日のために書かれたスパークの新作を引っさげての登場。古代ギリシアに生きた数学者・哲学者、ピタゴラスにインスパイアされた『天体の音楽(Music of the spheres)』はスパークの新しい一面を見せた曲で、YBSからの委嘱作品らしく難易度が高く、終演直後、メンバーは全員疲労困憊しきった様子でこの曲の厳しさを物語っていました。またソロ・テナーのシェオナ・ホワイトの活躍ぶりが素晴らしく、彼女無しではこの曲は成立しないだろうと思えたほどです。

 続くガラ・コンサートは、BBCラジオ番組「Listen to the Band」解説者のフランク・レントン氏の司会(氏は一連イベントほとんどの司会・進行を担当)によって、スコットランド青少年ブラス・バンド(NYBBS)の演奏で幕が開きました。 アラン・ファーニー作曲の『Alba』という短いオープナーで指揮者はスコットランドの民族衣装で登場した、リチャード・エヴァンズ氏。続いてリチャーズのオーケストラ作品からのアレンジ、『Hymns of Praise』を演奏。

その後、BBCラジオ2ヤング・ブラス・ソロイスト2004の優勝者、カトリーナ・マッゼッラ(バリトン)の独奏、NYBBSの伴奏によってブルース・フレイザー作曲『Sun』とサン=サーンスの『白鳥』、そしてアンドルー・ダンカンの『バリトン協奏曲』の第3楽章(彼女のために書かれた曲で、5/1の時点では全曲の初演はまだ行われていなかった)が演奏されました。 カトリーナはグラスゴー大学3回生で法学を専攻、現在は交換留学生としてオーストラリアのブリスベンに滞在しており、短い里帰りとなったようです。素晴らしい演奏で、特に『Sun』はアフリカン・テイストの貴重なレパートリーとして重宝されるでしょう。楽譜はステューディオから今回の演奏に合わせて出版されています。ちなみに、彼女が在籍していた時代のウェスト・ローシアン・スクールズ・ブラス・バンドのCDを購入しましたが、高校生(と思われる)なのに素晴らしいソロを披露しています。ちなみにこのバンド、ウェスト・ローシアン地方の学生を集めたユース・バンドのようです。

その後、『ホラ・スタッカート』と『ラスト・オブ・モヒカン』より‘ゲール’が演奏されました。前半パートの締めはYBSの演奏で、まずロビン・デューハーストによる委嘱作品、『ケルティック・フュージョン』が演奏されました。 ゲストはジャズ・ミュージシャンでアイリッシュ・フルート奏者でもあるNeil Yate氏とアイルランドの太鼓、Bodhran奏者のMartin O'neil氏。基本的に2人のデュオとバンドの掛け合いの曲ですがYate氏は曲中、トランペット、コーネット、アイリッシュ・フルートを持ち替えで演奏。 最後はスパークの『ハイランド賛歌』よりピーター・ロバーツ(Sop)の独奏で『フラワーデイル』と『ダンドンネル』を演奏。ロバーツは貫禄の演奏でしたが、続く『ダンドンネル』でもYBSの厚い音の壁を突き破って聴こえてくるのには、すごいの一言しかありません。

後半は、レントン氏の指揮、カーカントゥロック・バンド(Kirkintilloch Band)とバグパイプ・バンドのHouse of Edgar Shotts and Dykehead Pipe Bandの合同演奏に続き、結果発表となりました(RSAMDブラスのファンファーレ付き)。

審査結果は上からYBS、ウィルブローク、スコティッシュ・コープ、フェアリー、リングビィ・ターベック、コーリーとなり、ちょっと意外な結果となりました(コーリー6位の発表の時、会場に充満した落胆といったら!)。 YBSはセット、オウン・チョイスとも最高点を叩き出して前人未到のダブル・ハットトリックを達成。コンテストに合わせて発売されたCD(その名もKings of Europe)が飛ぶように売れていたのが印象的でした。次点のウィルブロークは密集した配置が特徴でグレイアムの『モンタージュ』を演奏、スタヴァンゲルは10位に沈んでしまいましたが、終演後セルマーも「来年頑張る。」と気持ちを切り替えてました(今年2月のノルウェー選手権のタイトルを防衛したため、来年の欧州選手権出場が決定している)。

 審査員はフロド・アムンドセン(ノルウェー)、アーミン・バッハマン(スイス)、ジェイムズ・ガーレイ(英国)の3名でした。終演後、ロジャー・ウェブスター氏とばったり会い(4年ぶりだったのに覚えてくれていた!)、翌日のさよならコンサートにスコティッシュ・コープのゲスト奏者として出演するため最終日まで滞在していたようです。最近はベルゲンのオケへ移籍したマーティン・ウィンターに代わり、BBCフィルの客演首席トランペットを務めることもあるようです。

 今回初めての欧州選手権でしたが、聴衆の数の少なさにびっくりしました(ガラ・コンサートは別)。また携帯記録装置の普及による、これからのマナーも考えさせられることになりました。(フラッシュの多さにも閉口、しかしそういうイヴェントって割り切ってしまえばそれまでですが)。 来年はオランダのグローニンゲン(フローニンゲン)、2006年の29回大会は初の北アイルランド、ベルファストでの開催予定です。

 読みにくく、長い文章に最後までおつきあいいただきありがとうございました。  

(木原亮太)


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Last-modified: 2006-03-19 (日) 09:46:55 (6611d)